愛らしいキャラクターデザインや、ギャグシーンも満載の『鋼の錬金術師』ですが、軍事国家や民族間紛争など重苦しいテーマを扱っており、中にはトラウマ級のショッキングなシーンも数多く描かれています。
◆最愛の妻の姿で笑いながら……マース・ヒューズ中佐の最期
エルリック兄弟の良き理解者であり、マスタング大佐の親友でもあるマース・ヒューズ中佐は、錬金術が使えないながら、イシュバール殲滅戦を生き抜いた屈強さと、頭の回転の速さを持った軍人でした。
妻・グレイシアと一人娘のエリシアを溺愛する親ばかな愛妻家として序盤ではコミカルに描かれていましたが、ひょんなことから軍部のねらいに誰よりも早く気付き、ホムンクルスのラストに命を狙われることに……。
間一髪で窮地を脱し、マスタング大佐に連絡を取ろうとしましたが、盗聴を恐れたヒューズ中佐は屋外にある電話ボックスで電話をかけるも、ホムンクルスのエンヴィーに襲われ、命を落としました。
エンヴィーに対して軍服に仕込んだナイフで応戦を試みたヒューズ中佐でしたが、人や動物などに姿を変える能力を持つエンヴィーは、あろうことかヒューズ中佐の妻・グレイシアに姿を変えて戦意を喪失させるという卑劣極まりないやり口で、薄笑いを浮かべながらその手にかけています。
その後、復讐の炎を燃やしたマスタング大佐は、物語終盤で犯人がエンヴィーであると判明するや、ピンポイントと大火力の錬成を使い分け、エンヴィーの再生能力が尽きるまで大いに苦しめました。
◆「母さんに会いたい……」無垢な想いが地獄を招いたエルリック兄弟の人体錬成
エルリック兄弟が錬金術を始める目的となったのは母・トリシャの死でした。
幼くして母を亡くしたエルリック兄弟は、「母さんに会いたい……」という無垢な想いから、錬金術を学び始めます。天才的な頭脳を持っていた兄・エドワード(以下、エド)は、弟・アルフォンス(以下、アル)と協力し、わずかエド11歳、アル10歳にして人体錬成式を構築し、満を持して人体錬成を試みました。
しかし、人体錬成は錬金術が大衆でも使われているアメストリス国内においても「禁忌」とされており、エルリック兄弟の眼前に錬成されたのは母親ではなく、人の形をしていない「何か」でした。
さらに、人体錬成をした者が見る「真理の扉」に通行料としてエドは左足、アルは体をそっくり持っていかれ、土壇場でエドは自らの右腕を通行料にアルの魂をそばにあった鎧に定着させることに成功しましたが、2人は大きな代償を支払うこととなり、血の海の中に錬成された「何か」のおぞましい姿にエドは嘔吐し、その後も彼らの中に「最大のトラウマ」として残り続けました。
まだ母親のぬくもりが必要な幼い子供2人には、あまりにも惨い出来事でした。
◆マーテルはアルの鎧の中で……大総統が自ら手を下したデビルズネスト殲滅戦
アメストリス国家を裏で操る「お父様」の忠実な子であるはずの7人のホムンクルスの中にあって、強欲ゆえに真の不老不死を求め、ダブリスの酒場・デビルズネストを根城にキメラの部下を従え行動していたグリード。
鎧に魂を定着させたアルを不老不死への鍵だと考え拉致したことで、軍に殲滅戦を仕掛けられることに……ダブリスを訪れていたホムンクルスの1人・ラースであり大総統キング・ブラッドレイも直々に参戦し、グリードの部下だったドルチェットやロア達は成す術なくブラッドレイに次々と切り捨てられ、最強の盾を持つグリードさえ手も足も出せず、ひたすら斬られ続けることとなりました。
心優しいアルは女性のマーテルを自身の鎧の中に匿いますが、仲間の死に耐え切れず暴れたことでブラッドレイに気付かれ、アルの鎧の中にいるまま刀で串刺しにされ命を落としました。
その時、鎧の中にあるアルの錬成陣にマーテルの血しぶきがかかり、その事がきっかけでアルは忘れていた真理の扉を見た記憶を取り戻すことになりましたが、軍の人体実験によって生まれ、迫害されてきたキメラたちが、再び軍の攻撃よって無残にも命を落としていくシーンは、何ともやりきれないものでした。
◆超トラウマ級! 愛する妻と娘、愛犬をも実験体とした“綴命の錬金術師”ショウ・タッカー
元の身体に戻るため、エルリック兄弟がマスタング大佐に最初に紹介してもらったのが、人語を理解し喋るキメラを錬成したことが評価され、国家資格を取得した「綴命(ていめい)の錬金術師」の二つ名を持つショウ・タッカーでした。
しかし、彼は手っ取り早く人語を理解し喋るキメラを錬成するために、愛する妻を素材として錬成を行っていたことが発覚。国家錬金術師に義務付けられた年に1回の研究結果を報告する査定のために、愛娘と愛犬までもその手にかけるという、まさに鬼畜の所業を行っていたマッド・サイエンティストでした。
査定日が迫る中、エドが再びタッカーの元を訪れた際、娘のニーナと愛犬のアレキサンダーの姿が無く、タッカーが錬成したというキメラが「えどわーど お にい ちゃ」と、自身の名前を呼んだことで事態を察したエド。
あまりの悲劇的なストーリーに、2人の行方をエドに尋ねられた際にタッカーが発した「……君のような勘のいいガキは嫌いだよ」というセリフは、本作を代表するほど有名になりました。
全108話+外伝からなる本編のわずか5話でのエピソードですが、本作最大のトラウマエピソードとして、海外の原作読者、アニメ視聴者からも、このシーンのリアクション動画などが数多く投稿されています。
──エルリック兄弟の師であるイズミ・カーティスが真理について「真理は残酷だが正しい」と語っていたように、ショッキングなトラウマシーンの数々も、感動的な人間ドラマを描くために必要な「真理」の一端だったのかもしれません。
〈文/lite4s〉
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