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※本記事ではTVアニメ『アルプスの少女ハイジ』および原作小説の内容に触れます。

 『アルプスの少女ハイジ』は、知っているつもりでも原作や制作背景をたどると印象が変わる場面が少なくありません。クララが立つ名場面、ヨーゼフの誕生、おんじの過去、ペーターが車椅子を壊す理由──。穏やかな名作の裏側には、アニメとして子どもたちに届けるための大きな変更がいくつもありました。

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◆アルムのおんじはなぜ村人に恐れられたのか 原作に残る荒れた若き日

 ハイジのおじいさんは、物語を支える重要人物でありながら、原作でもアニメでも本名がはっきり明かされていません。村人からは「アルムのおんじ」と呼ばれていますが、これは「アルムの山に暮らすおじいさん」という意味合いの呼び名です。

 アニメでは、気難しく村人との交流を避ける人物として描かれる一方、若いころの詳しい過去はほとんど語られません。しかし原作では、おんじが裕福な農家の息子として生まれながら、気性の荒さや素行の悪さから酒や賭博にのめり込み、財産も家族も失っていったことが語られています。

 その後はナポリで傭兵となり、ヨーロッパ各地の戦場を渡り歩いたともされます。さらに、ささいな口論から相手の命を奪ってしまったという噂まであり、アニメで親しまれている「ハイジに優しいおじいさん」とはかなり印象が異なります。

 ただし、アニメ版もその重い背景を完全になかったことにはしていません。第1話では、村人がデーテに対して、おんじにハイジを預けることを心配する場面があります。また、第6話では村人やパン屋に対して激しく怒る姿も描かれており、孤独で頑固な性格は随所ににじんでいます。

 それでも、ハイジに対しては不器用ながら深い愛情を見せるのが、おんじという人物の大きな魅力です。原作の暗い過去を直接描きすぎず、孫との関係の中で少しずつ人間味を見せていく構成にしたことで、アニメ版のおんじはより親しみやすい存在になったといえるでしょう。

◆ヨーゼフはなぜ生まれたのか グッズ化と宗教色カットの制作事情

 アニメ版で忘れがたい存在となっている大きな犬のヨーゼフは、実は原作には登場しないアニメオリジナルキャラクターです。おんじのそばでのんびり寝そべる姿や、ハイジたちと過ごす場面を思い浮かべる人も多いはずですが、その誕生には制作上のねらいがありました。

 担当プロデューサーだった中島順三さんは、スイスの情報を発信するWebサイト『SWI swissinfo.ch』の2019年9月配信記事「『ハイジ』誕生秘話 制作者がロケ地スイスで語る」の中で、ヨーゼフについて、キャラクターグッズを売り出すためのアイテムとして生まれたと語っています。

 同じインタビューでは、原作に強く出ていた宗教色をテレビアニメではそのまま描きにくかったことにも触れられています。その代わりに、動物との触れ合いを増やす方向へ物語を調整した結果、ヨーゼフのような存在が作品の空気をやわらげる役割を担うことになりました。

 ヨーゼフだけではありません。第4話から少しの間ハイジが世話をする小鳥のピッチーも、原作にはいないアニメオリジナルの存在です。宗教的なテーマを抑えた分、動物たちとの日常を通して、ハイジの優しさやアルムの暮らしの温かさを伝える形に変えられたのです。

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◆ペーターは本当は何をしたのか 車椅子が壊れた理由の大きな違い

 アニメ版のペーターは、やや不器用ながらも明るく照れ屋な少年として描かれています。第45話では、歩けないクララを背負って山のお花畑へ連れていく場面もあり、優しさや思いやりが強く印象に残ります。

 ところが原作のペーターは、アニメ版よりも複雑な感情を抱えた人物です。ハイジがクララに気を取られることへ嫉妬し、クララの車椅子がなくなれば彼女はフランクフルトへ帰るだろうと考え、車椅子を壊してしまいます。

 アニメにも車椅子が壊れる場面はありますが、クララが誤って壊してしまう設定に変更されています。この変更については、2008年3月に出版された『BSアニメ夜話 Vol.7 アルプスの少女ハイジ』(出版社:キネマ旬報社)でも触れられています。

 原作では、ペーターが罪悪感に苦しみ、最後に宗教的な意味での許しへつながっていきます。しかし、アニメでは宗教色を薄める必要があったため、車椅子を壊した「罪」よりも、歩くことに向き合うクララ自身の葛藤へ焦点を移したのでしょう。

 この改変によって、ペーターは子ども向けアニメにふさわしい友人としての印象を保ち、クララの物語は「自分の足で立つために努力する物語」として受け止めやすくなりました。

◆クララは本当に第50話で初めて立ったのか その前にあった小さな奇跡

 『アルプスの少女ハイジ』の名場面といえば、クララが立ち上がる第50話を思い浮かべる人が多いでしょう。ハイジが涙ながらに「クララが立ってる!」と喜ぶ場面は、作品を代表する場面として広く知られています。

 しかし、クララが初めて自力で立ったのは、実は第50話ではありません。第48話で、近づいてきた牛に驚いたクララが、とっさに立ち上がる場面があります。牛がそれ以上近づいてこないと分かると、力が抜けたクララはすぐに座り込んでしまい、自分でもなぜ立てたのか分からず戸惑っていました。

 この瞬間をそばで見ていたのは、クララのおばあさまだけです。そのため、第50話の場面は「クララが初めて立った瞬間」というより、クララが立てるようになったことをハイジたちが目の当たりにし、みんなで喜びを共有する場面だといえます。

 第48話の小さな一歩があったからこそ、第50話の感動は唐突な奇跡ではなく、クララが少しずつ変わっていった結果として響きます。多くの人が覚えている名場面の前に、静かな前触れが置かれていたのです。

 

 ──『アルプスの少女ハイジ』は、原作の重さや宗教的な要素をそのまま映像化するのではなく、子どもたちに届きやすい形へていねいに置き換えられた作品でした。おんじの過去、ヨーゼフの誕生、ペーターの行動、そしてクララが立つまでの流れをたどると、名作として親しまれてきたアニメ版の裏側には、制作陣の細かな判断が積み重なっていたことが分かります。

 原作から変えられた部分は、たんなる省略や改変ではありません。暗さを和らげ、動物との触れ合いを増やし、クララ自身の成長をより分かりやすく描いたからこそ、アニメ版『アルプスの少女ハイジ』は世代を超えて愛される物語になったのでしょう。見慣れた名場面も、その背景を知ると少し違った温かさで見返せるのではないでしょうか。

〈文/秋山緑〉

《秋山緑》

アニメ・漫画・ゲームを中心に、エンタメ領域の記事制作に携わるライター。話題作から長年愛される名作まで幅広く扱い、作品の魅力やキャラクターの関係性、印象的なシーンを読者目線でわかりやすく伝える記事制作を得意とする。アニギャラ☆REWでは、アニメ・漫画作品のコラムや解説記事を担当している。

 

※サムネイル画像:Amazonより 『DVD「アルプスの少女ハイジ ハイジとクララ」(販売元:日本コロムビア)』

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