キラキラ輝くアイドルのドラマを描いた作品──? 映画『トラペジウム』にそんな想像をして臨んでみたところ、そんな想像を覆すような暗黒ぶりを見せる凶悪な映画だったので驚かされました。
映画『トラペジウム』は5月10日から劇場公開された、『ぼっち・ざ・ろっく!』や『SPY × FAMILY』などで知られるClover Works社制作のアニメーション映画です。
原作は乃木坂46の1期生として自身もアイドルとして活動していた高山一実さんの同名小説。アイドルになることを夢見る高校1年生の物語が描かれる映画なのですが、輝かしいアイドルになっていく道を描いた映画ではない、思わぬ“黒さ”を見せる映画だったのです。
◆あまりにも打算的すぎる主人公!? 徹底的なアイドル志望の女の子・東ゆう
物語の主人公は城州東高校の1年生、東ゆう。「アイドルになりたい」という思いから徹底した行動に移していく女の子です。この映画の凄まじい点は、この主人公・東の打算的すぎる行動にあります。
映画が始まってまもなく、東は近隣の高校から一人ずつ友人を見つけにいきます。南、北、西……と自身の「東」を除いた各方角の高校に在籍する個性的で魅力的な女性に目星をつけて友人になっていきます。
こうして各方角を担うメンバーで“仲良しグループ”を作った東は、四人揃ってメディアに取り上げられそうな観光地でボランティア活動をして、計画通りテレビ業界へと通じていき、目標だったアイドルの道へと迫っていきます。
メンバーが東西南北を担っているというパッケージングしやすい明快さや、好感度も高められてメディアへの露出にも臨めるようボランティア活動をするという動機など、東の行動はどれも“アイドルになるため”に通じていてその計画性に驚かされます。
一方でその様子は、友人の存在やボランティア活動までもアイドルになるための踏み台としているようで醜悪にも映ります。
この映画がすごいのはそんな東の黒い一面を赤裸々に描いていくところにあります。いくらでも輝かしい青春アイドル映画にもできそうな展開なのに、東の思惑を背景に紛れ込ませることで露悪的に見せつけてくる。この映画はそんなとんだ“暗黒映画”だったのです。
◆映画『トラペジウム』の凶悪さの向こうに残るもの
ただし、映画『トラペジウム』は東の打算的なサクセスストーリーを描くだけの映画では終わりません。
東の戦略が活きてうまいことにアイドルへの階段を昇っていくと思いきや、少しずつ歪みが生まれて大きくなっていき、ついに東の計画はクライマックスで思わぬ結末を迎えていきます。その顛末から、この映画が“教訓”として東のこれまでの行動をどう評価するのかが見えてきます。
その上で、映画『トラペジウム』に愛しさを感じられるのがそんなクライマックスのさらにその先の展開に描かれていきます。
交友関係を築くことや、ボランティア活動に参加したことがもし打算的な思惑の上に行われていたとして、もしそれが明らかになったら、すべてがなかったことになるのか?
そんな問いかけに優しい答えを投げかけてくれるような寛大なメッセージがさらに用意されています。ただ東のことを“嫌なやつ”で終わらせないそのメッセージの優しさに観ているこちらの気持ちも強く動かされました。
よくよく考えれば私たちが他者に近づこうとしたり、善行に臨もうとした時に打算的な思いがゼロではないことの方が多いでしょう。
この映画に登場する東の行動は「アイドルになる」という特別な動機なので紛れて映っていますが、意外と誰でも東のような行動に至る瞬間はあるのかもしれません。
そういう意味でもとても人間臭くて、努力家で、まっすぐで。アイドルを目指す東の姿は「ただの嫌なやつ」では終わらない姿に映っていきます。
◆映画『トラペジウム』のタイトルの意味
この映画のタイトルである“トラペジウム”は2つの意味を持っています。
一つはオリオン大星雲の中心にある強く光る星団のことであり、東の目指すアイドルという存在を暗示させます。作中でも写真好きの友人・工藤が好きな被写体として星が示唆的に登場しています。
そして“トラペジウム”という言葉にはもう一つ、「不等辺四角形」という意味があります。東の集めた仲良し4人組が秘めている歪さを表現していて、どちらも作品の内容に意味の合うネーミングと言えるでしょう。
映画を観ている間はどうしても後者の歪さの方が際立ってしまうので映画『トラペジウム』の禍々しさの方が印象に残ってしまうかもしれません。
ただ、その黒さだけを徒らに描いた映画ではないことは観た人にも、これから観ようといういう人にも届いてほしいところ。
映画『トラペジウム』は人間の黒い部分を見せつけるように描いた“暗黒映画”なのは間違いないのですが、そんな中で光を放つ何かをぜひ見つけてほしいです。
〈文/ネジムラ89〉
《ネジムラ89》
アニメ映画ライター。FILMAGA、めるも、リアルサウンド映画部、映画ひとっとび、ムービーナーズなど現在複数のメディア媒体でアニメーション映画を中心とした話題を発信中。缶バッチ専門販売ネットショップ・カンバーバッチの運営やnoteでは『読むと“アニメ映画”知識が結構増えるラブレター』を配信中です。Twitter⇒@nejimakikoibumi