※本記事にはTVアニメ・原作漫画『幽☆遊☆白書』のネタバレが含まれます。ご注意ください。
『幽☆遊☆白書』は、連載終了から時間がたっても、読み返すたびに小さな引っかかりが見つかる作品です。左京の名前、鴉の「支配者級」、妖狐・蔵馬の空白の900年、そして飛影が初期に見せた“変身”など、物語の熱量の中に置かれたままの謎はいくつもあります。回収されなかった設定を追っていくと、路線変更やキャラクターの変化も含めて、作品のもう一つの面白さが見えてきます。
◆左京の名前はどこまで分かっていたのか アニメに残った“S・N”の手がかり
「暗黒武術会編」で戸愚呂チームのオーナーを務めた左京は、強烈な存在感を残しながらも、最後まで多くを語られなかった人物です。闇の組織BBC(ブラックブラッククラブ)の一員であり、少年時代の異常な行動も本人の口からわずかに明かされましたが、肝心の素性はほとんど謎のままでした。
その中でも気になるのが、「左京」という名前です。名字なのか、名前なのか、それとも偽名なのか。原作だけを読む限り、断定できる材料は多くありません。
ただし、TVアニメには手がかりのように見える描写があります。アニメ独自の展開として、暗黒武術会の会場で桑原静流が妖怪に襲われたところを左京に助けられ、彼に特別な感情を抱くような場面が描かれました。さらに左京は最期に、自分のライターを静流へ渡しています。
そのライターには「S・N」というイニシャルが刻まれていました。この演出を素直に受け取るなら、「左京」はSにあたるファーストネームであり、Nにあたる名字が別に存在した可能性があります。もちろんアニメオリジナル要素のため、原作設定として断定はできませんが、左京という人物の余白を広げる印象的な演出でした。
なお、『幽☆遊☆白書 公式キャラクターズブック 霊界紳士録』(出版社:集英社、2005年3月出版)では、冨樫義博先生が彼の名前に「きょう」という音を入れたいと考えていたことが明かされています。名前の響きが先にあり、そこから「左京」という表記にたどり着いたと考えると、なおさら彼の本名問題は気になるところです。
◆鴉と武威の能力名はどこへ消えたのか 「支配者級」と「武装闘気」の謎
戸愚呂チームの中でも、鴉と武威は決勝戦まで底を見せなかった強敵でした。鴉は蔵馬を、武威は飛影を追い詰める存在として描かれ、それぞれ特殊な用語とともに強さが語られています。
鴉については、妖狐・蔵馬が「支配者級(クエストクラス)」という階級の妖怪であると見抜きました。ところが、この「支配者級」という分類は、その後の物語ではほとんど掘り下げられません。同じ階級の妖怪が明確に登場することもなく、魔界編で語られるS級・A級といった後のランク体系とも直接つながる説明はありませんでした。
武威にも同じような謎があります。武威は自分の強すぎる妖力を抑えるために鎧をまとっており、飛影との戦いでその力を解放しました。このとき蔵馬は、武威の力を「武装闘気(バトルオーラ)」と説明しています。
似た印象の力としては、のちの「魔界の扉編」で仙水が使う「聖光気」があります。しかし聖光気は人間の霊気に近い特別な力であり、武威の武装闘気とは別ものです。結果として、武装闘気もまた、説明だけが残ったまま大きく再登場することはありませんでした。
ただし、完全に消えた設定と見るのは少し早いかもしれません。魔界編では、妖怪たちが戦闘時にオーラのようなものをまとっている描写もあります。名称としては使われなくなっても、支配者級や武装闘気に近い発想は、のちの強者表現の中に吸収されていった可能性もあります。
◆妖狐・蔵馬の900年に何があったのか 大盗賊が人間界へ向かった理由
蔵馬は、魔界で恐れられた大盗賊・妖狐蔵馬としての過去を持っています。人間界では南野秀一として生きていますが、その経歴をつなげて考えると、かなり大きな空白が残っています。
作中では、蔵馬が15年前に霊界のハンターに重傷を負わされ、霊体の状態で人間界へ逃れ、南野秀一の胎児に憑依融合したと説明されています。一方で、黄泉たちとともに魔界で盗賊をしていた時代は、約1000年前の出来事とされています。
つまり、黄泉との過去から南野秀一になるまでのあいだに、900年以上もの空白があるのです。黄泉との会話からは、蔵馬が雷禅と軀の二大勢力が支配する魔界に見切りをつけ、人間界へ拠点を移したことがうかがえます。
しかし、そこから先が謎です。先を読む力に長けた蔵馬が、なぜ人間界にこだわり続けたのか。霊界の監視下にある人間界で、どのような目的を持って動いていたのか。そして、なぜ最終的に霊界のハンターに追い詰められ、人間の胎児に宿るほどの状況へ追い込まれたのか。
冷静で計算高い蔵馬だからこそ、この空白は大きな謎として残ります。もし彼がただの逃亡者ではなく、魔界とは別の可能性を人間界に見ていたのだとすれば、南野秀一として生きることになった運命にも、別の意味があったのかもしれません。
◆飛影はなぜ“変身”を封印したのか 仲間入りで変わったキャラ像
飛影は、幽助の仲間として定着したあとの姿があまりにも有名です。邪王炎殺黒龍波、剣術、寡黙な態度、妹・雪菜を思う複雑な感情。これらの要素によって、彼は作品屈指の人気キャラクターになりました。
一方で、初登場時の飛影はかなり違う印象を持つ敵キャラクターでした。幽助と対峙した際には、体中に無数の目が開き、肌の色も変化する異形の姿へ“変身”しています。見た目は強烈ですが、効果は主にパワーアップであり、のちの飛影を象徴する邪王炎殺拳とは方向性がかなり違います。
では、なぜ飛影はこの変身を使わなくなったのでしょうか。作中の理由として説明されているわけではありませんが、もっとも大きいのはキャラクターの方向転換だったと考えられます。
『幽☆遊☆白書 公式キャラクターズブック 霊界紳士録』によれば、当初は飛影を仲間にする予定はなく、仲間になるのは蔵馬だけだったとされています。さらに、2016年8月発売の『ジャンプGIGA VOL.2』に掲載された「冨樫義博×岸本斉史 SP対談」では、当時の編集担当・髙橋氏から飛影の仲間入りを示唆され、方針が変わったことが語られています。
敵として一度きり登場するキャラクターなら、異形の変身は強いインパクトになります。しかし、主人公側の人気キャラクターとして長く活躍させるなら、ビジュアルや戦闘スタイルを整理する必要があったのでしょう。邪眼、剣術、黒龍波へと要素が再構成されたことで、飛影は初期の妖怪らしさを残しつつ、読者が追いたくなるキャラクターへ変化していったのだと考えられます。
──左京の名前、鴉と武威の能力、蔵馬の空白の年月、飛影の消えた変身。どれも明確に回収された謎ではありませんが、その未完成さが『幽☆遊☆白書』らしさを強めているようにも見えます。
連載の中で作品の方向性が変わり、キャラクターの役割も変わっていったからこそ、細かな設定のズレや余白が生まれました。しかし、その余白があるからこそ、今も読者は「あれは何だったのか」と考え続けられます。答えがすべて示されていないこと自体が、この作品の不思議な魅力になっているのではないでしょうか。
〈文/相模玲司〉
《相模玲司》
編集プロダクション勤務を経て、フリーランスの編集・ライターとして活動。メンズファッション誌の編集、週刊誌Web版での取材記事制作、アニメ・漫画関連のムック本制作など、幅広い媒体で編集・執筆経験を持つ。アニギャラ☆REWでは、アニメ・漫画・映画を中心としたエンタメ記事の編集、構成確認、コンテンツ制作を担当している。
※サムネイル画像:Amazonより 『「幽☆遊☆白書」第9巻(出版社:集英社)』


