スタジオジブリの傑作『となりのトトロ』が2018年12月14日に中国上映の企画が進んでいます。
日本人としてはなんで今更……と思わずにはいられないものの、近年急成長を遂げている市場でこそ起こりえる事態とも言えます。
そんな未だ話題の絶えない『となりのトトロ』ですが、日本でもひとつ注目したい話題があります。2018年9月6日、『となりのトトロ』に関する書籍が新たに一冊発売となりました。
それが「ふたりのトトロ -宮崎駿と『となりのトトロ』の時代-」です。
こちらが非常に良い一冊だったので紹介させてください。
現場の人間による『となりのトトロ』制作回顧録
この「ふたりのトトロ -宮崎駿と『となりのトトロ』の時代-」の著者は現在、怪異蒐集家としても活躍している木原浩勝さんです。なぜこの方が『となりのトトロ』について、本を書くことができるかと言えば、何を隠そうこの木原さんこそ『となりのトトロ』の制作デスクを担当した人物なのです。
今となっては日本アニメのクラシックのひとつでもある『となりのトトロ』ですが、その作品が如何にして作られたのかは、具体的なことを知る人も少ないです。当時宮崎駿監督がどんな気持ちで『となりのトトロ』を作ったのか。現場では何が起こったのか。そういった知られざる制作の舞台裏が、現場の人間によって具体的なエピソードで語られている貴重な一冊というわけです。
TV放送が何度もされている作品なだけあって、『となりのトトロ』のパッケージを持っていなくても本作を複数回観たことがある人が多いでしょう。その分、本書であのシーン・このシーンと挙げられる数々の場面を、頭に思い浮かべることが容易な人も多いでしょう。だからこそ各場面にこめられた知られざる苦労や意図には、実感が伴う驚きがあって、感動も一入なのでオススメです。
『となりのトトロ』死神説?
そんな数々のエピソードの中でも、エピローグで語られている内容が私には印象的でした。
それは『となりのトトロ』の死神説です。
『となりのトトロ』のトトロといえば、得体のしれない謎の生き物であり、作中でも結局その正体は具体的に明かされるわけではありません。そのうえ作品の最後には、主人公のサツキが迷子になった妹のメイを探しに奔走し、メイの死を予感させるシーンが挟まれたりと、不穏な空気が漂う展開が用意されています。極めつけはラスト、ネコバスに連れられて病院脇の木の上から、病室の父と母を眺めて、母がその気配を察知するというシーンが用意されています。
こういったシーンの重なりもあり、“サツキとメイは最終的に死んでしまっている”といった内容や“トトロによって死にいざなわれてしまった”などの解釈が都市伝説に広まっています。私も何度もこの話をネットや伝聞で見聞きしており、そのたびに「嘘だー」「でももしかして……」なんて思ったりしたものなのですが、果たしてこの説は本当なのか。わずかでもそういう意図が制作時に含まれていたのか。気になってはいたのですが、それらの疑問に対して、さすが怪異蒐集家という顔を持つ木原さんというか、しっかり最後にこの都市伝説に本書で言及、そして回答を残しています。
死神説に対する制作サイドからのアンサー
『となりのトトロ』死神説の根拠のいくつかに、“池で見つかるサンダルがメイの物”であることや“終盤メイの影がなくなってしまう”というものがあります。これらに関して検証サイトや検証動画も多数存在するのですが、改めて木原さんからの答えとして、サンダルはデザインが違うし、影がなくなるのは日没を意識しての演出であることが語られます。制作側の見解として、決定的に否定されたわけです。
それでも実は……と思いたくなるのが都市伝説や怪談の魅力でもあるのですが、『となりのトトロ』が決定的に不穏な背景をはらんだ作品でないことは、この本に書かれているエピソード自体ですでに真偽の“偽”であることが証明されているとも言えます。
本書の帯にもピックアップされている、宮崎駿さんの言葉。
「木原君、この作品は楽しく作ってください」
この一言に制作現場は一貫していて、『となりのトトロ』が子供を楽しませるためのポジティブなエネルギーに満ち溢れた思想の下で制作されたことが本書のエピソードでは綴られていきます。これを読めば、『となりのトトロ』が死を導くようなキャラクターであるはずがないということが明確なのです。
『となりのトトロ』がどう作られたのか。これを知ることで、死神説には真っ向から否定できるようになります。そんな意味でも、この「ふたりのトトロ -宮崎駿と『となりのトトロ』の時代-」は都市伝説に一石を投じる重要な一冊でもあるわけです。
(Edit&Text/ネジムラ89)