<この記事には『犬王』のネタバレが少し含まれます。ご注意ください>
5月28日に公開されたアニメーション映画『犬王』は、室町時代に実在したとされる能楽師“犬王”の演舞が、現在のミュージシャンのようなライブパフォーマンスだったら……という可能性を想像させる体験となっています。
監督を務めるのは『夜は短し歩けよ乙女』や『夜明け告げるルーのうた』、『きみと、波にのれたら』など数々の作品をサイエンスSARUより送り出してきた湯浅政明さん。湯浅さんはすでにサイエンスSARUの取締役を離れたことも発表しており、もしかするとサイエンスSARUとのタッグは今回が最後かもしれないという意味でも、必見の映画といえるでしょう。
作中では、犬王が琵琶法師の友魚(ともな)とタッグを組んで、人々を魅了していくパフォーマンスがいくつか演じられるのですが、それらは軍記物語「平家物語」で描かれた内容がベースとなっています。これらの内容を知っていなくても十分に楽しめるのですが、知っているとより細かな演出の意図が分かるようにできています。
◆忠度(ただのり)の戦いと腕
犬王と友魚による友有座が人々を魅了するきっかけとなる最初の演目「腕塚」では、平忠度(たいらのただのり)と、敗走して逃げ惑う平家の雑兵たちの姿を描いています。
演目のタイトルになっている腕塚とは、兵庫県に実在する場所。源氏側の岡部忠澄(おかべ ただすみ)との戦いで右腕を肘から斬り落とされたことを機に敗北した逸話があり、その腕を埋めたとされる場所です。
その話とは別に、平家物語では源氏によって屋形に火を放たれたことで、平家の武者たちが海辺の船へと逃れようとする逸話が存在します。
何百もの武者がわずかな船に群がることであわや沈んでしまいそうになります。そこで、ついには身分のあるものは乗せても、身分の低い雑兵は乗せないようにと命が下ります。溺れまいと船に掴まろうとする雑兵たちでしたが、船に乗った者たちによって、そのすがりつく腕は容赦なく斬り払われ、あたりの海がその血で真っ赤に染まったとされます。
この腕にまつわる逸話を結びつけ、雑兵たちを弔うかのような舞いを友有座は派手な演出で見せてくれます。