2021年11月26日(金)より公開をスタートした『ミラベルと魔法だらけの家』は、ウォルト・ディズニー・アニメーションスタジオの記念すべき長編60作目。オープニングで流れる『蒸気船ウィリー』で口笛を吹くおなじみのミッキーの映像も、60作記念バージョンにアレンジされています。YouTubeでは、歴代の長編作品のタイトルカットを並べた特別映像も公開されています。

 こうして歴代の作品を並べて観ると、あまりヒット作が続かない時期や、逆に発表する作品毎に大ヒットを果たす時期などがあったりと、そのラインナップを眺めるだけでもその歴史の長さを思い知るわけですが、その長い歴史の中でも、初期と近年で誰もが分かる大きな違いといえば手描きアニメーションから3Dアニメーションへの変化でしょう。近年ではすっかり3DCG作品しか公開されなくなってしまったことが分かります。

 ディズニーは手描きアニメーションを捨てたのか。その答えこそ実は『ミラベルと魔法だらけの家』を観に行くと垣間見れるかもしれません。

◆ディズニーが手描きアニメーションを諦めるまで

 ディズニーが手描きアニメーションを作らなくなるまでにも、いくつかの葛藤が存在しました。

 00年代中盤、ウォルト・ディズニー・アニメーションスタジオは『チキン・リトル』『ルイスと未来泥棒』といった3DCGアニメーションの長編作品に着手するようになります。この頃は『トイ・ストーリー』『ファインディング・ニモ』で知られるピクサースタジオが大ヒットを重ねていたという時勢もあり、ある種必然的とも言える方針でした。

 そんなタイミングで、最初の事件が起こるのが2006年5月。ディズニーがピクサースタジオを買収し、それまでも協力関係にあったピクサースタジオもこの時からディズニーの完全な子会社となります。子会社とはいっても当時はピクサースタジオの方が好調な作品を立て続けに発表していたこともあり、ピクサースタジオの社長であったドヴィン・キャットルマン氏がディズニーの社長を兼任したり、『トイ・ストーリー』の監督で知られるジョン・ラセター氏がチーフ・クリエイティブ・オフィサーとして、ディズニーとピクサーの両作品の最高責任者になります。

 こうしてピクサーのクリエイターが大きくディズニーの制作チームに入ったことで完全に3DCGアニメーションの道に舵を切っていくかと思いきや、そこで手描きアニメーション企画を復活させたのがジョン・ラセター氏でした。3DCG作品に移行し始めていたディズニーの方針に待ったをかけ、ディズニーのお家芸であるプリンセスストーリーでありミュージカルを手描きアニメーションで制作する企画を進めさせることになります。こうして生まれたのが『プリンセスと魔法のキス』でした。

 古き良きディズニーらしさもありながら、黒人のプリンセスストーリーや“星に願う”だけではないというこれまでのディズニー作品を客観的に捉えた見事な作品が生まれることになります。こうしてディズニーの手描きアニメーションは、生き続けることになるのですが、それも長くは続きませんでした。『プリンセスと魔法のキス』自体の売り上げは、ディズニーの目標とする結果を超えるものとはならなかったのです。

◆葛藤する『塔の上のラプンツェル』最後となる『くまのプーさん』

 『プリンセスと魔法のキス』に続く長編作品となった『塔の上のラプンツェル』も当時は手描きアニメーションを構想していた作品でした。製作総指揮に名を連ねるグレン・キーン氏も強くそれを熱望したのですが、他製作陣との討論の末、3DCGでの製作が決定します。その際の葛藤の表れか、3DCGアニメーションでありながら、ディズニーの手描きアニメーションを再現できないかという方針が生まれていきます。

 そんな手描きアニメーションへの思いも、『塔の上のラプンツェル』に続く長編作として作られた『くまのプーさん(2011)』によって決定的に潰えることになります。決して低い成績でもなく、予算に対しては明らかな成功作となったのですが、他の3DCGアニメーションほどの高い結果を残せなかったせいか、以降の長編作品の予定に手描きアニメーションが並ばなくなってしまいます。

はっきりと手描きアニメーションを手放すという宣言こそないものの、実質的にここからディズニーはメインとなるような手描きアニメーションの製作ラインを手放すことになるのでした。

◆短編で生き続ける3DCGと手描きアニメーションの融合への挑戦

 その後、成績とは別に作品の品質は高い評価を受けていたディズニー作品は、『シュガー・ラッシュ』『アナと雪の女王』『ベイマックス』『ズートピア』と立て続けに大ヒット作を世に送り出し、興行結果としても大成功を収めたことにより現在にも続く3DCGによる長編制作の流れを迎えることになります。こうも成功してしまうと、ディズニーは手描きアニメーションに戻らなくなるのでは、と思わざるを得ないのですが、実は『塔の上のラプンツェル』で構想されていた手描きアニメーションの質感を3DCGで再現するという試みは、この間にも“短編作品”として形で続けられます。

 『シュガー・ラッシュ』の同時上映短編『紙ひこうき』では、ディズニーが独自開発したソフトにより、手描きの輪郭線が3DCGモデルに合わせて自然に動かせるようにし、3DCG作品でありながら、まるで手描きアニメーションのようなルックを実現しました。しかし、本作はモノクロ調の作品となっており、どこか色彩で誤魔化しているようにも思えます。

 そこから成長を遂げるのが、『ベイマックス』の同時上映短編『愛犬とごちそう』です。本作ではついにカラー作品として登場。子犬が人間の食べ物をバクバク食べる様子は、犬を飼った経験がある人ほど不安は感じますが、2Dの手描きアニメーションのようなルックの再現は決定的に成功とも言える域に達します。

 そこからしばらくこの手描きアニメーションを意識したルックの作品は登場しなくなるのですが、満を持して『ミラベルと魔法だらけの家』の同時上映短編にて、その先の作品が登場します。それが『ツリーから離れて』

 本作は3DCGの環境とキャラクターに、手描きの演出などを施した、2Dと3Dのハイブリッド作品。一見、100%手描きアニメーションにしか見えないルックには「ついにここまで来たのか」というインパクトがあります。

 ここまで来ると、期待したいのはこの手法を長編作品に採用した作品。いわゆる“セルルックCG映画”にディズニーが挑んでくる未来は意外と近いのかもしれません。2021年12月初冬現在、ウォルト・ディズニー・アニメーションスタジオの今後の長編作については、具体的な内容が明かされていません。少なくとも近い将来に今後の新作に関する具体的な発表はあるはずなので、どんな作品が繰り出してくるのかは要注目です。ここで紹介した近年のディズニーの流れを踏まえると、より興味深いタイトルが登場するかもしれません。

〈文/ネジムラ89〉

《ネジムラ89》

アニメ映画ライター。FILMAGA、めるも、リアルサウンド映画部、映画ひとっとび、ムービーナーズなど現在複数のメディア媒体でアニメーション映画を中心とした話題を発信中。缶バッチ専門販売ネットショップ・カンバーバッチの運営やnoteでは『読むと“アニメ映画”知識が結構増えるラブレター』(https://note.com/nejimura89/m/mcae3f6e654bd)を配信中です。Twitter⇒@nejimakikoibumi

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