『もののけ姫』に出てくるヤックルの馴染みぶりは凄まじい。

 大ヒットとなった映画『もののけ姫』(1997)では主人公アシタカが、ヤックルと呼ばれるシカのような生き物に乗って移動する姿が印象的で、気にしてなかったという人も言われてみればその存在を思い出せるのではないでしょうか。

 実はあのヤックル、架空の動物であることはご存知でしょうか。

 アイベックスのような突出した角に、カモシカのような足。しかしシルエットはどこかシカというデザインは、実際に居てもおかしくないようなリアリティがあります。あれほど存在しない動物を違和感なく見せる作品もなかなかないでしょう。

 そんな中、2022年のアニメーション映画界に、新たにシカのような架空の生き物に乗る主人公の映画が現れました。その映画こそ、2022年2月4日より劇場公開をスタートした『鹿の王 ユナと約束の旅』です。

◆『鹿の王 ユナと約束の旅』とは

 『鹿の王 ユナと約束の旅』は、上橋菜穂子さんの小説『鹿の王』を長編アニメーション映画化した作品です。原作は複数巻からなる大長編の物語なのですが、その物語を見事に映画サイズに落とし込み、美しい美術と語り口で、病や国、さらには人がいかにして生きるのかというテーマを描いていく作品となっています。

 監督を務めるのは、『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』、さらには『君の名は。』など数々の大ヒット作で作画監督を務めてきた安藤雅司さんと、『千と千尋の神隠し』の監督助手や『伏 鉄砲娘の捕物帳』では監督経験もある宮地昌幸さんの二人。スタジオジブリでの活躍経験を持つタッグが、豪華なアニメーター陣と共に描いた骨太な作品となっています。

 当初は2020年9月に公開を予定していたはずの映画だったのですが、新型コロナウイルスの影響を受け、多くの映画と同じく公開時期が流れに流れて、やっと今回の上映となりました。現在もオミクロン株の拡大でまん延防止措置を各地で講じている中での公開となり、不運にも感じられますが、奇しくも作中には謎の病気がまん延するという展開が設けられています。コロナ禍の今では、より親身に作品を受け取れるような作品となっており、“今”観るのは絶好のタイミングとも思える作品となっています。

◆主人公ヴァンはピュイカに乗り駆ける

 そんな重たいテーマの映画を紹介しようというのに、なぜいきなりシカの話をしたのか。本作に登場するシカ……いやシカだけでなくイノシシや山犬といった動物たちが活き活きと動き回る気持ちよさもまた、本作のかけがえのない推すべきポイントと言って間違いないからです。

 中でも大奮闘してくれるのが、本作に登場する架空の動物・飛鹿(ピュイカ)です。見た目こそそのままシカのようですが、図体が大きく、乳牛のようにその乳が作中の人物たちの飲み物として扱われてるような存在です。かつて戦士団に所属していた主人公ヴァンはこのピュイカを馬のように乗りこなし、絶壁とも言える崖を駆け下りたりと見事に乗りこなす活躍を見せます。

 本来、人が乗りこなして駆けられる動物は、馬ぐらいなもので、鹿に乗るようなことはありません。そんな中、かつて『もののけ姫』で描かれたように、主人公が鹿に跨り、大自然を駆ける様が観られるのには、どこか運命的なものも感じてしまいます。

◆もう一つの『もののけ姫』との共通点

 『もののけ姫』との共通点がもう一つ。『もののけ姫』の印象的な動物として、アシタカが乗るヤックルと対になるように、ヒロインのサンが乗って駆けていたのは、モロの君やその子供である真っ白な山犬でした。

 実はそんな山犬も今回『鹿の王 ユナと約束の旅』に登場しています。それが人間たちに病を感染させていくとされる真っ黒な山犬です。この山犬こそ、主人公のヴァンや、ヴァンが大切にしている娘のユナにとって大きな脅威となっていきます。

 実はそんな山犬たちの扱いや終盤の行ない、さらには物語の結末を踏まえた時に、『もののけ姫』のアシタカとモロの君やサンの関係などを重ねてみると、そこにも意味が乗ってくるように見えて来ます。かつてアシタカがサンと出会って運命が変わったように、この映画の主人公のヴァンの運命が変わったのは、ユナとの出会いでした。ヴァンとユナの二人に、アシタカとサンを重ねた時、『鹿の王 ユナと約束の旅』の最後のシーンにはより一層じんと来るような感動が詰まっています。

 『鹿の王 ユナと約束の旅』は決して展開や世界観は到底近いとも思えない作品でありながら、実は『もののけ姫』を補助線として添えた時に妙に馴染むのは、これまた不思議な縁です。

〈文/ネジムラ89〉

《ネジムラ89》

アニメ映画ライター。FILMAGA、めるも、リアルサウンド映画部、映画ひとっとび、ムービーナーズなど現在複数のメディア媒体でアニメーション映画を中心とした話題を発信中。缶バッチ専門販売ネットショップ・カンバーバッチの運営やnoteでは『読むと“アニメ映画”知識が結構増えるラブレター』(https://note.com/nejimura89/m/mcae3f6e654bd)を配信中です。Twitter⇒@nejimakikoibumi

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