ちょっと先の未来を想像させる。そんな映画に出会えました。

 2021年10月29日より上映をスタートしたアニメーション映画『アイの歌声を聴かせて』は今後のAIの行方を想像させる良いきっかけとなる映画となっていました。

 本作の主人公は、高校生の少女・サトミ。ある日、サトミのクラスに、自身の母親が開発したAIロボット・シオンが極秘の試験という形で人間のふりをして転入してきます。人間らしからぬ突飛な行動を取るシオンに対して、試験が問題なく済むようにサトミは奔走するのですが、やはり簡単にはいかずに……という導入から始まる物語となっています。

 近未来の世界と古典的なプリンセスアニメーションが交錯する物語は『竜とそばかすの姫』だし、プログラマーが込めた思いにスポットが当たっていく様は『フリーガイ』、そしてAIが孤独な主人公を導いていく様子は直近の『ロン 僕のポンコツ・ボット』を想像させて、2021年に公開された多くの作品との共通点が多いことに、時勢的な必然性があるのではないかと想像させられてしまいます。

 しかし、何よりも本作と併せて観ておくのをオススメしたい作品は、やはり映画『アイの歌声を聴かせて』の監督である吉浦康裕さんの過去作である『イヴの時間』でしょう。本作と併せて一緒に観ると時代の流れ。

◆『アイの歌声を聴かせて』に感じた恐怖とは?

 『アイの歌声を聴かせて』はAIの可能性を描いた映画でした。

 人間の命令によって健気に命令を遂行しようとするAIがとった行動が、サトミや周囲の人物を幸せにしていく過程には、人間にも難しい“幸せにしてあげるには何をするべきか”を観ているこちらにも投げかけてくれて、ポジティブなエネルギーに満ちた作品となっています。

 一方で、頭をよぎってしまったのが、ネガティブな可能性。純粋で悪く言えば愚直なシオンの姿は、場合によっては恐るべき兵器にもなりうることは容易に想像できてしまいました

 周囲のAIとも連携して大多数の人々を欺き、個人の幸せに徹底する姿には、もしサトミのポジションに人の幸せを喜べないような人が立ってしまった時には、逆に悲劇が待っていることは容易に想像できます。そう思うと、本作が描く“あるラスト”に複雑な思いも芽生えます。

 じゃあ『アイの歌声を聴かせて』はそういったAIの危険性に気づかず無邪気に描かれた作品だったのでしょうか。個人的にはそうではないと感じる理由が、前述の『イヴの時間』という映画の存在です。

◆『イヴの時間』とは?

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 『イヴの時間』は、2008年に吉浦康裕監督が原作・脚本を務めた全6話のアニメーションシリーズ。2010年にはこれらを一本の映画として再編集した『イヴの時間劇場版』が公開されます。

 本作の舞台は、“未来、たぶん日本”(作中ではそう表現される)。『アイの歌声を聴かせて』よりもっと先の未来を描き、すでにロボットが実用化され、多くの家庭に生活を支援するアンドロイドが普及している世界となっています。一見人間にそっくりなアンドロイドたちは、頭上にアンドロイドの証であるリングを表示することが決まり。しかし、主人公の青年リクオが「人間もロボットも区別しない」というルールの喫茶店で、リングを表示させずに人間のように振る舞うアンドロイドたちと出会ったことをきっかけに、人間とアンドロイドの境界線や、アンドロイドとの付き合い方について考え直すといった物語となっています。

 当時はその具体的な近未来の描写に驚かされ、問題提起の内容の面白さに惹かれたものの、人間そっくりなロボットなんて、まだまだ一段階も二段階も先の話だよな、と思って観ていたことが懐かしいです。

◆『イヴの時間』でも描いていたAIの可能性

 そんな『イヴの時間』ではより独自の判断で活動し、エスカレートしていくAIたちの姿がいくつかのバリエーションで描かれます。人間のために活動するAIが、人間のために嘘をついたり、命令以上のことをしてみたり。『アイの歌声を聴かせて』ではコミカルに描かれたその光景も、『イヴの時間』ではもっと深刻さや危うさを交えながら、ポップに描いてくれています。この映画を作っていた頃にはすでに、AIが人間でいう“自我”のようなものを持つとはどういうことなのかが練られていたことがわかります。

 そして、本作の序盤では、アンドロイドのルールとしてロボット工学三原則がベースにあることが言及されています。ロボット工学三原則とは、アイザック・アシモフ氏が自身の小説で生み出した、ロボットが守るべき3つのルールのこと。

 

  • 第一条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
  • 第二条 ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合はこの限りでない。
  • 第三条 ロボットは前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。

 

 『イヴの時間』に登場するアンドロイドは、この三原則に則って行動していますが、実は、『アイの歌声を聴かせて』のシオンも、作中では言及されていないながら、この三原則に則った行動をとっていることがわかります。実験段階のシオンにこの原則がプログラミングされているかといえば、おそらく違うであろうことは想像できますが、話の展開上でこの三原則に抵触しなかったのは偶然とは思えません。おそらく『アイの歌声を聴かせて』の根底にもこの三原則は成立しているのでしょう。それを考えると実は兵器となりうるかも、という想像は第一条に反するので、杞憂だったのかもしれません。

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◆『アイの歌声を聴かせて』に思うこれから

 それよりも『イヴの時間』を見据えて『アイの歌声を聴かせて』のことを思うと、現実もついにロボット三原則を想定した方が良い時代に突入したのではないかと思ってしまいます。

 なぜならすでに私たちの生活にAIは入り込んできているから。

 『アイの歌声を聴かせて』の舞台は地域の住人の多くの勤め先となる星間エレクトロニクスという会社があるためか、大規模にAIやロボットが試験導入されているようで、冒頭から屋内・屋外に至るまで、随所に近未来的なガジェットが登場して、どこか架空の世界に思えますが、見逃せないのがサトミの家。目覚ましやカーテンの開け閉めから始まり、夜遅くに帰ってきた家族の帰宅時間も教えてくれて、好みの硬さのお米を炊いたり、直近のスケジュールも案内。外出時にしっかり「いってらっしゃい」の挨拶もしてくれる状態。実はこれらって、すでに現実に登場しているAIスピーカーができることであり、サトミの家はいわゆる“スマートホーム”というものなんですよね。

 私たちはもうAIと共に生活しているということに気づくと、途端に『アイの歌声を聴かせて』との距離感が近くなります。思っている以上に、私たちがシオンと出会う未来はすぐそこまで……いや、もう来ているというのが正解なのかもしれません

〈文/ネジムラ89〉

《ネジムラ89》

アニメ映画ライター。FILMAGA、めるも、リアルサウンド映画部、映画ひとっとび、ムービーナーズなど現在複数のメディア媒体でアニメーション映画を中心とした話題を発信中。缶バッチ専門販売ネットショップ・カンバーバッチの運営やnoteでは『読むと“アニメ映画”知識が結構増えるラブレター』(https://note.com/nejimura89/m/mcae3f6e654bd)を配信中です。Twitter⇒@nejimakikoibumi

映画『アイの歌声を聴かせて』公式サイト

© 吉浦康裕・BNArts/アイ歌製作委員会

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