『君の名は。』がヒットを果たすよりも以前の2007年に作られた、新海誠監督のアニメーション映画『秒速5センチメートル』が、3月29日よりFilmarks主催のリバイバル上映企画で日本各地で再上映が行われます。
この企画では、“桜前線上映”と題して南と北で上映期間をずらしているのも特徴です。
そんな『秒速5センチメートル』、実はかなりのトラウマを残すような内容で、この映画を観たことがない人には、ぜひ一度そのトラウマを体験してもらいたいです。
◆動かない列車の悪夢──時間と距離はこの頃から描かれていた!
タイトルになっている『秒速5センチメートル』は、作中でも説明されていて、桜の花びらが舞い散る速度から引用されています。この映画はそんなゆるやかながら確かに進んでいく“時間”と“距離”がテーマの作品です。
本作は中編の三部作で構成された映画なのですが、中でも“とても嫌な思い出”として観た人の記憶に残るのが第一話の「桜花抄」でしょう。
この映画では、主人公の中学生の貴樹が、転校して遠く離れる前に久しぶりに幼馴染に会いに行くという展開が待っています。
しかし、その電車が雪によって途中停止に見舞われるアクシデントが発生。駅で待っているであろう幼馴染に連絡する手段もなく、少しずつしか進めないでいる電車が徐々に進むのをひたすらに待つ。そんな地獄が描かれています。この体験が生々しくて嫌すぎる!
もちろんただ嫌な話で終わるはずがなく、この映画はそこからカタルシスが得られる、さらに先の展開が待っているのですが、あまりにも電車の進みが遅い表現が痛烈で、辛い体験として記憶に刻まれていきます。その素朴ながら絶望的な表現は体験しておく価値があります。
◆『君の名は。』とは真逆の結末? まさかの展開の第三話
結果として第一話は物語としてはとても心地よい着地に終わってくれる一方で、ほろ苦い後味を残すのが第三話「秒速5センチメートル」です。
こちらでは大人になった主人公は幼馴染と結ばれたのかと思いきや、より現実的ともいえる着地を見せていきます。第一話でドラマティックな体験をした一方、遠い距離と大人になるまでの長い時間が、これほどまでに関係を変えてしまうのかと教えてくれるような一転した展開へと向かっていきます。
言うなれば『君の名は。』の真逆。『君の名は。』といえば、クライマックスのキャラクター同士が“会える”か“会えない”かという展開が肝になってくるのですが、実は『秒速5センチメートル』でも同じような展開が待っています。
ただし、その結末はまるで真反対。ある種、苦い結末ではありながらも、その儚さとそんな苦さもどこか悪くないと思わせる現実的な着地。そしてそんな現実的な顛末を迎えた主人公の背中を押すこの映画の姿勢が、心に深く沁みる体験になっています。
今思い出すと『君の名は。』のクライマックスで『秒速5センチメートル』の再来を思わせる展開を迎えた時には、「同じような展開を迎えるんじゃないか」とドキッとしたものです。ぜひ『君の名は。』とも比較して観たいパートになっています。
◆国を越えて支持されたアニメーション映画だった?
『秒速5センチメートル』は作品の内容だけでなく、国境を越えて支持された作品という点でもスゴい映画です。特に影響が大きかったのが中国。『君の名は。』以前から『秒速5センチメートル』はカルト的に高い知名度を持っており、2019年には資生堂中国とのコラボレーションを果たした化粧品を商品化するほどでした。
🌸桜のシーズン真っ盛り🌸
資生堂中国の“樱花精华”という桜をイメージした化粧品と、なんと『秒速5センチメートル』がコラボレーション!
現在、資生堂中国のweiboも、『秒速5センチメートル』仕様になっています~https://t.co/7Wi8gbyM8O pic.twitter.com/vzXIs1RFPL— 新海作品PRスタッフ (@shinkai_works) March 27, 2019
しかも『君の名は。』が日本上映を果たすのを目前にした2016年には、中国で実写化の報道がされています。新海誠監督がまだ日本でも知る人ぞ知る存在だった頃から、映像化の企画が動いている点で、その人気の高さがうかがえます。
残念ながらこの中国での実写映画化の企画は公開まで実現できなかった一方で、その後に中国で上映された『君の名は。』や『天気の子』、『すずめの戸締まり』は記録的な大ヒットを果たしています。
今なお新海誠監督への支持が熱い中国なら、再び実写化の企画が動き出してもおかしくないでしょう。
『君の名は。』のような爆発的なヒット作にはならずとも、桜の花びらと同じくジワジワと歩みを進めている『秒速5センチメートル』。
もしかしたら次なる展開があり得る作品として、まだ観たことがないという人もこの機会にチェックしてみてはいかがでしょうか。
〈文/ネジムラ89〉
《ネジムラ89》
アニメ映画ライター。FILMAGA、めるも、リアルサウンド映画部、映画ひとっとび、ムービーナーズなど現在複数のメディア媒体でアニメーション映画を中心とした話題を発信中。缶バッチ専門販売ネットショップ・カンバーバッチの運営やnoteでは『読むと“アニメ映画”知識が結構増えるラブレター』を配信中です。Twitter⇒@nejimakikoibumi
※サムネイル画像:YouTubeチャンネル『cwfilms』より