<この記事にはTVアニメ、原作漫画『葬送のフリーレン』のネタバレが含まれます。ご注意ください。>

 『葬送のフリーレン』では魔王を倒したヒンメル以外にも、勇者や英雄が存在しています。中でも、かつて世界を救ったとされる「忘れられた英雄」は、名前も忘れられていることからこの作品のキーパーソンである、時の流れをよく表した存在といえるでしょう。

 時間の経過が重要な本作では、いつかヒンメルも忘れられた英雄のように世界から忘れられてしまうのでしょうか——?

◆魔王を倒した勇者と世界を救った勇者

 ふたりの勇者がどのような功績を果たしたのか見ていきましょう。

 勇者ヒンメルは、フリーレン、ハイター、アイゼンとともに旅に出て、魔王を倒して世界に平和をもたらしました。また、魔王を倒しただけでなく千鏡の塔の攻略や七崩賢の不死なるベーゼとの戦い、皇獄竜との戦いなど、華々しい逸話が残っています。さらに、小さな人助けも行っていたことから、村によっては護衛や荷物運びなどの人助けのエピソードが語り継がれているようです。

 一方、忘れられた英雄はかつて世界を救った戦士と僧侶の二人組とされています。

 しかし、それ以外のことは忘れられてしまい、どんな風に世界を救ったのか、どんな名前だったのかも残っていません。戦士の石像を見たフリーレンが、石像の正体が以前に出会ったエルフのクラフトだと気づきますが、それ以上のことは語られませんでした。

 もし、クラフトが本格的にストーリーに絡んでくれば、その冒険譚は語られるかもしれません。しかし、現状は謎に包まれたままといえるでしょう。

 このように一方は華々しい冒険譚や各村で行った小さな人助けが語り継がれていますが、もう一方は彼らを知るものが絶えてしまい忘れられた存在になっています。

◆忘れられた勇者はヒンメルの行く末?

 この作品では至るところで時の流れが描かれています。

 たとえば、第1話ではヒンメルが魔王を討伐した後から彼の死までが描かれており、1話だけで50年以上も経過していました。さらに、王都の街並みの変化や、魔王を倒したあとに作られたであろう勇者パーティーの石像が汚れている描写を通して、時間の経過がもたらす変化を描いています。

 時間経過による変化は街並みだけではありません。フリーレンの心境の変化も時間の経過によるものといえるでしょう。

 フリーレンはヒンメルたちと一緒に過ごした10年間で、彼女も思いもよらなかった心境の変化が訪れます。その変化は、ヒンメルの死によって初めて顕著になり、もっとヒンメルのことを知ればよかったと、フリーレンに後悔させるほどのものでした。10年の旅路がフリーレンを変えたといってもいいでしょう。

 これらの描写から、この作品では永遠に変わらないものはという「無常観」が垣間見えます。かつて世界を救った英雄の冒険譚が忘れられたのも、どんな英雄でもいつかは忘れられるという無常観のひとつといえるでしょう。その考えからすると、ヒンメルだっていつかは同じように世界から忘れられるかもしれません。

 その証拠に、戦士ゴリラが「勇者ヒンメルみたいな忘れられない英雄になる」と言ったとき、かつてヒンメルと旅をともにしたハイターは「どんな英雄でもいつかは忘れ去られます」と答えました。このハイターの発言からしても、ヒンメルもいつしか忘れられた英雄のように、世界から忘れ去られてしまうのでしょう。

◆ヒンメルから紡がれていくもの

 しかし、一方でヒンメルの存在や冒険譚が忘れられても、彼の行動理念はさまざまな人に受け継がれて未来へ紡がれていくかもしれません。

 ヒンメルは「目の前で困っている人を見捨てるつもりはないよ」と言い、困っている人がいたら手を差し伸べて、立ち止まっている人がいたら前へ進むきっかけを与えていました。

 そんなヒンメルの行動はさまざまな人に影響を与え、フリーレンなどのかつての仲間はもちろんのこと、小さな人助けに故郷を救われたヴィアベルも影響を受けています。ヒンメルから影響を受けた人たちは自身が彼に救われた経験からか、彼と同じような行動をとり、困っている人を助けたり冒険に出るきっかけを与えたりしていました。

 このことからヒンメルの行動理念は、彼に救われた人へ受け継がれているといえるでしょう。

 そして、ヒンメルから影響を受けた人が別の誰かを救うことで、次に救われた人が同じようにヒンメルの行動理念を受け継いでいくかもしれません。

 こうしてヒンメルの行動理念はさまざまな人に受け継がれていき、未来へと紡がれていくのではないでしょうか。もしかすると、ヒンメルの行動理念は、本作の無常の世界のなかで変わらないものの一つなのかもしれません。

 

 ──このように本作には永遠に変わらないものはないという「無常観」がありつつも、ヒンメルの行動理念のように未来へ受け継がれていくものがあります。無常観があるとどこか寂しく儚げな雰囲気がただよいますが、変わらないものがあることで、この作品の魅力である寂しくも温かい世界観を生み出しているのかもしれません。

〈文/林星来 @seira_hayashi

《林星来》
フリーライターとして活動中。子供の頃から培ってきたアニメ知識を活かして、話題のアニメを中心に執筆。アニメ以外のジャンルでは、葬儀・遺品整理・金融・恋愛などの記事もさまざまなメディアで執筆しています。

 

※サムネイル画像:Amazonより


アニメ『葬送のフリーレン』公式サイト
© 山田鐘人・アベツカサ/小学館/「葬送のフリーレン」製作委員会

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