<この記事にはTVアニメ・原作小説『薬屋のひとりごと』のネタバレが登場します。ご注意ください。>
TVアニメ『薬屋のひとりごと』の最終回は、十数年越しの愛が結ばれる感動的な展開ではありましたが、実はその裏で一つの恋が終わりを迎えていたのです。あの感動的な最終回の裏に、それぞれがどのような気持ちを抱えていたのでしょうか──?
◆十数年越しに羅漢と鳳仙が結ばれる
最終話の前話にあたる第23話で猫猫との賭けに負けた羅漢は、高級妓楼の緑青館から妓女を身請けしなければなりませんでした。
羅漢はよくしてくれた梅梅を選ぼうとしますが、彼女は「選ぶならちゃんと選んでくださいね」と言い、窓を開けました。
すると、外から歌声が聞こえてきて、その正体に気付いた羅漢は歌声の人物のもとへ走り出します。そして、かつてたがいに思いを寄せ合いながらも離ればなれになった鳳仙と再会し、羅漢は彼女を身請けしました。
ふたりが再会したときには、幼い頃から見守ってきた梅梅が「最初から素直になっていればよかったのに。どうしてもっと早く……」と、泣き崩れています。
一見、ふたりがようやく結ばれたことを喜んでいるように見えましたが、実は先述のセリフの後に原作では「私が期待する前に終わっていればよかったのに」と、発言しているのです。TVアニメではカットされていましたが、この発言から別の感情が読み取れます。
さらに、梅梅だけでなく猫猫も羅漢と鳳仙へ複雑な思いを抱えているようです。
猫猫は羅漢のことを「種馬」、鳳仙のことを「あんなの」と呼び、ふたりのことを両親と思っていない様子でした。しかし、羅漢が鳳仙のもとへ駆け寄るとき、「あれ(猫猫が渡してくれた枯れた青い薔薇)に意味があるとしたら」と言っており、猫猫が羅漢を手助けしたような描写があります。
これらの描写から最終回の裏で梅梅と猫猫が抱えていた思いを見ていきましょう。
◆梅梅の涙と言葉の意味とは?
梅梅の涙と言葉には、ふたりの再会を喜ぶ一方で、羅漢への恋慕が隠されています。いつから羅漢を好きだったのかは描かれていませんが、幼い梅梅が羅漢に碁や将棋の腕前を褒められたときに照れていたので、このころから思いを寄せていたのかもしれません。
そんな梅梅は羅漢が鳳仙と不祥事を起こしたあとでも、緑青館のなかで唯一羅漢の相手をして、以前と変わらない態度で接してきました。
さらに、羅漢が十年かけて賠償金を払い終わった後、彼が緑青館へきたときにはともに過ごしており、一緒にいた時間は鳳仙より長かったかもしれません。
そんな中、羅漢が猫猫との賭けに負けて緑青館の妓女を身請けすることになり、梅梅にも彼に身請けされるチャンスが訪れました。
きっと梅梅は自分が羅漢に身請けされるかもしれないと期待をしたハズ。しかし、羅漢は鳳仙の存在に気付いておらず、そのまま自分が選ばれるのは彼女のプライドが許しません。
そこで、梅梅は鳳仙の生存を伝えたうえで羅漢が祇女を選ぶのを待ちます。しかし、結果は先述したとおり、羅漢は鳳仙を選んだことで梅梅の長年の恋は終わりを迎えました。
梅梅が言った「私が期待する前に終わっていればよかったのに」の「期待」は、羅漢が自身を身請けしてくれるかもしれないという思いを指しているのでしょう。
羅漢と鳳仙が結ばれたときの梅梅の一連のセリフには、自分が羅漢に恋をする前にふたりが結ばれていれば、という切ない思いが隠されているのです。
◆猫猫が青い薔薇に託していたことは?
一方、猫猫は羅漢に梅梅を身請けとしてほしかったと思いつつも、枯れた青い薔薇を彼へ渡して、暗に鳳仙の生存を伝えていました。
猫猫にとって梅梅は自分を育ててくれた母親のような存在で、彼女のことを「小姐(姉ちゃん)」と呼び慕っています。猫猫にとって大切な存在だからこそ、性格に癖はあるものの裕福で身請け先としては上等な羅漢に梅梅を身請けしてほしかったのでしょう。
原作では羅漢が鳳仙を選んだあとには、「小姐のどこが気に食わなかったというのだ」と心中で文句をたれていました。
しかし、梅梅を大切に思う一方で、羅漢が鳳仙を身請けできるように手助けしたのも事実です。
TVアニメ版では枯れた青い薔薇で鳳仙が生存していることを暗に伝えていましたが、原作では枯れた青い薔薇の箱に手紙を忍ばせていました。
羅漢は手紙に気づかずに鳳仙を見つけ出したので、手紙の内容はわかっていません。猫猫が手紙を忍ばせたことについて、「種馬(羅漢)にできる最大の譲歩」と言っていたので、おそらく手紙には鳳仙の生存が書かれていたのでしょう。
猫猫は羅門の娘になれた点だけは羅漢に感謝していると言っていたので、彼女の複雑な行動にはその感謝の気持ちが含まれているのかもしれません。
──このアニメの最終回は感動的な展開であったものの、それぞれが複雑な心境を抱え、胸が締め付けられるような切ない展開でした。
TVアニメでは梅梅のセリフや猫猫のメッセージがカットされたり変更されたりしていますが、原作や2種類のマンガを読み比べるとまた違った発見があるかもしれません。
〈文/林星来 @seira_hayashi〉
《林星来》
フリーライターとして活動中。子供の頃から培ってきたアニメ知識を活かして、話題のアニメを中心に執筆。アニメ以外のジャンルでは、葬儀・遺品整理・金融・恋愛などの記事もさまざまなメディアで執筆しています。