春日部がスラム街に!『映画クレヨンしんちゃん』が教える「貧富の格差」 お金よりも大切にすべきこと【アニメとお金の話・連載4回】

 やたら個性の強い悪役が登場する『映画クレヨンしんちゃん』でもかなり生々しい鬼畜ぶりを見せるキャラクターが、『超時空!嵐を呼ぶオラの花嫁』(2010年)の金有増蔵(かねあり ますぞう)です。

 増蔵は悪の秘密結社でもなければ、日本を破滅させようと暗躍するわけでもない人物なのですが、金に囚われるあまりに行きすぎた行動を繰り返す人物として描かれています。そんな増蔵はお金に対する距離感という点で反面教師にできます。

◆『クレヨンしんちゃん』史上、最悪の敵・金有増蔵とは?

 金有増蔵はお金を優先するあまりに非道な道を突き進んだ人物でした。

 増蔵の登場する『超時空!嵐を呼ぶオラの花嫁』はディストピア映画。舞台は隕石の衝突により一日中が夜のような暗さになってしまった未来の世界です。

 この未来へ現代のしんのすけがタイムスリップしてくることから物語が始まるのですが、しんのすけが目撃するのは明るい照明にあふれたビル群です。暗い町をその財力で文字通り明るく照らし、未来の街・ネオトキオの経済を牛耳っていた人物こそ金有増蔵でした。

 一見、街を発展させた人物として良いところもあるように見えます。しかし、社会貢献というよりも増蔵の行動は実質的な支配でした。

 町はずれに目を向けるとスラム化した春日部が登場。利益を生み出さない存在は会社であれ、人であれ切り捨てる増蔵は徹底した拝金主義で多くの人を見限ってきていました。この様子は極端には描かれているものの、貧富の格差の拡大や経済を優先して淘汰されていく人々は私たちの現在とも地続きに感じられる部分です。

 そして増蔵の徹底ぶりは我が子に対してすら例外にはしません。増蔵は自身の娘・タミコに対してもお金になるかどうかの尺度で測り、自身の思い通りの相手に結婚してもらった上でその結婚式でも儲けようと企むなど、“モノ”のように扱います。そんなタミコと親しい存在である未来のしんのすけに対しては拉致。邪魔をする5歳児のしんのすけに対しても巨大ロボットで殺しかけるなど、度を超えた行動により、まったく救いようのない人物として描かれています。ここには自身のことしか念頭になく、次世代をぞんざいに扱う姿勢も表れています。

◆増蔵の対比として描かれる野原家が示すお金よりも大切にすること

 そんな増蔵の対比として描かれているのが野原家です。

 未来の世界の野原家の家はすっかりボロボロになり、父・ひろしの所属していた双葉商事も増蔵によって倒産させられてしまいます。明らかに未来の野原家は経済的に豊かではありません。

 しかし、そんな未来の野原家のところに助けを求めにきたのがタイムスリップしてきたしんのすけやカスカベ防衛隊の面々。助けを求める子どもたちに未来のひろしやみさえは優しく迎え入れ、お風呂やごはんを惜しみなく提供してくれます。ごはんと言っても経済的に豊かでないと分かるのが、提供される食材が明らかに保存食である点。いざという時に躊躇なく子供たちに手を差し伸べられる様子はこの映画でも随一のホッコリする場面になっています。

 その後も採算度外視でひろしやみさえは子供たちのために身体を張り、増蔵との戦いに臨んでいきます。一見それは狂気的ではあるものの増蔵との対照的な動きから“なにに対して懸命になれるか”を浮き彫りにします。

◆増蔵の顛末と幸せに生きる未来のしんのすけ

 結局この映画では増蔵は破滅的な結末を迎えます。最終的には家族や社員からも見放されてしまい、さらには行きすぎた行動が公になったことで警察に捕まることになります。お金でできることはもちろん多くて大きいですが、お金を最優先にするあまり道を見誤った者の最後という意味では現実的です。

 どうしても生きていくためにはお金を要することにはなりますが、増蔵のように最優先事項がお金になると他者とのつながりも疎遠にもなり、破滅を迎えるリスクも高まります。「やってはいけないお金の稼ぎ方」「お金よりも大切にすべきこと」の線引きは必ず必要なのです。

 ただ、「増蔵を反面教師にできれば」と言ってしまえば簡単ですが、極端すぎて現実的ではないかもしれません。むしろ学ぶべきは最後の最後で増蔵を見放す社員……未来の風間の様子です。

 優秀な社員として会社のために頑張ってきたのだと思うし、穏便に事なかれで過ごしていられればと、最後のほうまでしんのすけ側ではなく増蔵側についています。そんな未来の風間はやっと自身の身の危うさを感じたところで増蔵に反旗を翻します。現実的な判断ではありつつもそのタイミングの遅さが寂しく情けなさを感じる瞬間でした。

 それに対して対照的なのが未来のしんのすけです。お金を求めているわけではなければ、早々に増蔵の会社の一員になる誘いを蹴っています。そして社会がこうなればいいのに、という行動が功を奏して、周囲にも恵まれ結果的に世界を変えてハッピーエンドを迎えられます。その自由さと成功はなんとも羨ましい姿です。

 誰もが未来のしんのすけのようにはなれないけれども、“いざというとき”にしんのすけ側につけるか。“いざというとき”を見誤ってないか。そんな問いかけを未来の風間の姿を見ていて思い知らされます。

 世の中、お金のために道を踏み外してしまう人は数多いるけれども、それが自分だけでなく身近な人かもしれない。もしかすると自分の部署かもしれない。会社かもしれない。すぐそばで起きているお金を優先するあまりの非情な行動を見過ごさないよう、自分の中の風間くんが増蔵側ではなくしんちゃん側にすぐにつくように意識しておきましょう。

〈文/ネジムラ89 編集・監修/水野高輝(マネーメディアコンテンツディレクター)〉

《ネジムラ89》

アニメ映画ライター。FILMAGA、めるも、リアルサウンド映画部、映画ひとっとび、ムービーナーズなど現在複数のメディア媒体でアニメーション映画を中心とした話題を発信中。缶バッチ専門販売ネットショップ・カンバーバッチの運営やnoteでは読むと“アニメ映画”知識が結構増えるラブレターを配信中です。Twitter⇒@nejimakikoibumi

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