8月も後半に差し掛かり、『竜とそばかすの姫』がついに興行収入50億円を突破したことが明らかになりました。公開からひと月が経ちますが、まだまだ集客数の勢いは衰えず、スタジオ地図の作品としても最高興行収入記録の達成が迫ってきています。すでに映画を観てきたという人も増えてきたのではないでしょうか。

 そんな『竜とそばかすの姫』では、あるディズニー映画へのオマージュが込められたシーンが存在するのですが、早くも気づいた人が多いのではないでしょうか。その映画というのが1991年にウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオで制作された『美女と野獣』です。今やアニメーション映画史に残る名作クラシックの一つとして数えられるような作品ですが、実際この作品はアニメーション史においてどういった位置付けの作品だったのでしょうか。

◆アニメーション史に名を残す『美女と野獣』

 そもそも『美女と野獣』と言われれば、アニメか実写かといった違いはあれど、多くの人がディズニー映画から連なる、主人公の野獣とベルの姿を思い浮かべるのではないでしょうか。実は原作は別にあり、フランスに古くから残る民話をベースにした作品です。

 そのためディズニー以外が作った『美女と野獣』の映画や、ドラマ版など世界には複数の派生作品が存在します。

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 そんな中でもやはり圧倒的な知名度を持っているのは、ディズニーが描いたアニメーション映画『美女と野獣』の影響が大きいです。上映当時も非常に高い支持を獲得し、『リトル・マーメイド』『アラジン』といった作品と並んで“ディズニールネッサンス”を築き上げた作品として名前が挙がる作品です。

 映画の興行的な成績の高さはもちろんのこと、『美女と野獣』はアニメーション史においても誇れる結果を残している作品です。今でこそ長編アニメーション映画の部門が当たり前のように存在するアカデミー賞ですが、本作が上映された90年代は存在せず、今のように長編アニメーション映画にスポットが当たることはありませんでした。そんな中、実写作品に並んで作品賞に選ばれた初めてのアニメーション映画というのが、この『美女と野獣』! 残念ながら受賞こそその年は『羊たちの沈黙』に持っていかれてしまうのですが、それでも作曲賞や歌曲賞などは受賞を果たし、アニメーションへの評価意識を強める布石となる結果を残しました。

◆『美女と野獣』が後継の作品へと残した影響とは?

 そんな『美女と野獣』は後続の映像作品にも強い影響を残しています。

 例えばドリームワークス・アニメーションの看板タイトルにもなった『シュレック』

 本作では夜になると怪物の姿となってしまうフィオナが運命の人と口づけをすることで呪いが解けるという『美女と野獣』のパロディとも言える仕掛けが、物語の結末の鍵を握る物語となっていました。実はそこには『美女と野獣』がルッキズム(外見を重視する考え方)を肯定する物語になっていないかということを風刺する結末が用意されていたのです。

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 こうしてすっかり『美女と野獣』は誰もが知る物語となり、21世紀以降は『美女と野獣』の描いたメッセージを批評する作品が生まれてくるようになり、それはディズニー自身にも影響していきます。2017年に公開した実写版『美女と野獣』では、大筋は元のアニメーション映画版と近しい内容でありながらも、女性側の主人公であるベルをより力強いキャラクターとして描いていたりと、あらためて描きなおすことへの意識が向いた作品となっていきました。

 そしてさらに同年、ギレルモ・デル・トロ監督が、『美女と野獣』の結末に批判的な立場あから「人は外見ではない」というテーマで『シェイプ・オブ・ウォーター』という怪物と人間の女性のラブストーリーの映画を製作し、アカデミー賞の作品賞を獲得するといった大きな話題も生まれました。アニメーション映画だけでなく実写映画にもその存在の影響が波及していくタイトルとなっていたのです。

◆『竜とそばかすの姫』での役割とは?

 そして、そんな『美女と野獣』の系譜の最先端に居るのがまさかの『竜とそばかすの姫』です。どうしてもルッキズム批判的な引用のされ方が多くなってしまっていた『美女と野獣』ですが、本作ではそれらとは違った形での引用がされています。

 人里離れた場所にあるお城、城に隠されたバラの花たち、醜い姿の竜そして、そんな竜と出会った女性が、竜の優しさを知り心を通わせダンスを踊るーー。作中でははっきりと意識して『美女と野獣』から引用していることが表れた作品となっていました

 実際に監督自身も『美女と野獣』のファンであることは語っており、ミュージカル作品として本作を意識したことは公言されています。

 ただ、今作で『美女と野獣』が引用されている理由はそれだけではないでしょう。もう一つの大きな理由、『竜とそばかすの姫』が外見と内面に関する物語だから

 『竜とそばかすの姫』の主人公である少女・鈴にも、そしてその相手の竜にも、現実世界とネットの世界の「U」という二つの世界では異なる顔があり、それは外見と内面のような見方もできるものでした。内面の大切さを謳った『美女と野獣』のように、『竜とそばかすの姫』ではその二面性をいかにして取り払っていくのかが鍵となる物語となっていたわけです。『竜とそばかすの姫』を考える上で、『美女と野獣』という映画は補助線として添えるのにはまさに最適な映画だと言えるでしょう。

 

 ――結果的に『竜とそばかすの姫』を考える手立てとして『美女と野獣』を紹介した形になりますが、逆に今こそ改めてディズニーアニメーション映画『美女と野獣』を再評価してみても良いタイミングなのかもしれません。批評的な位置付けだけでなく、近年も東京ディズニーランドに『美女と野獣』の新アトラクションが登場したりとその支持の大きさも明らか。実は私たちに想像以上の影響を与えている作品なのかもしれません。

〈文/ネジムラ89〉

《ネジムラ89》

アニメ映画ライター。FILMAGA、めるも、リアルサウンド映画部、映画ひとっとび、ムービーナーズなど現在複数のメディア媒体でアニメーション映画を中心とした話題を発信中。缶バッチ専門販売ネットショップ・カンバーバッチの運営やnoteでは『読むと“アニメ映画”知識が結構増えるラブレター』(https://note.com/nejimura89/m/mcae3f6e654bd)を配信中です。Twitter⇒@nejimakikoibumi

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