新年早々、大量のクマが映画館にやって来る!

 なんの話かといえば、実はアニメーション映画の話。2019年に制作されたフランス・イタリア合作のアニメーション映画『シチリアを征服したクマ王国の物語』(原題:La fameuse invasion des ours en Sincile)が、3年越しの2022年1月14日から東京の映画館を皮切りに順次、全国上映をスタートしました。

 2021年の新千歳空港国際アニメーション映画祭では長編コンペティションでグランプリを受賞し、国内外で高い評価を得た作品の満を持しての公開ということで注目して欲しいところです。

 なんていうと、賞でのウケが良かったから賞賛しているのではないかと思われてしまいかねないのですが、本作、なかなかどうして見事。何が見事かといえば、冒頭で述べたその大量のクマをどう描くのかですよ。ただ単にたくさん熊が出てくるわけじゃない仕掛けがそこにはありました。

◆『シチリアを征服したクマ王国の物語』とはどんな映画か?

 本作はもともとイタリアの作家、ディーノ・ブッツァーティ氏が1945年に発表した児童文学を原作とする長編アニメーション映画で、日本でも映画と同様のタイトルで翻訳されたものが刊行されています。

 主人公は、人里離れた山奥で暮らすクマ。そんなクマの世界の王子が行方不明になったことをきっかけに、クマたちが人間たちの世界へやってきたことから事件が起こる、コミカルでありながら、その中にメッセージ性も込められた子供から大人まで楽しめる映画となっています。

 そして、本作にはそのストーリーにもうひとひねりがあり、その物語を熊に語る「語り部」の存在があります。語り部ジェデオン(声:柄本佑)とアシスタントのアルメリーナ(声:伊藤沙莉)が、偶然洞窟で居合わせた老クマ(声:リリー・フランキー)に語りかけるという仕組みが、この物語にどんな仕掛けをもたらすのかは、ぜひ作品を観て確かめて欲しいところです。

◆洗練された美術が彩るパターンの美学

 そんなアニメーション映画『シチリアを征服したクマ王国の物語』の良さはなんといってもその美術ですよ。
一見シンプルな形状でありながらも鮮やかな色彩とグラデーションで彩られた地形に、現れる無数の熊、熊、熊。パソコンの作業などにおける複製して貼り付けを行う、コピーとペーストという一連の動作を略して“コピペ”と言うわけですが、まさにそんなコピペをしたように似たような熊たちが何匹も登場し、スクリーンをひしめき合います。ただ、いざアニメーションの中に同じ素材を複製して貼り付けをするにしても、意外と手抜きのように見えてしまうのが難しいところなのですが、本作はその動きや構成、そしてテンポから、見事に“コピペ”ではなく“パターン”に着地できているのが見事です。

 熊たちが雪玉を転がして人間たちと戦うにしても、手前から大中小とリズムを成して放たれていくあの心地よさ。1シーン、1シーンをそのまま服の柄に使っても映えるんじゃないかという美しさを秘めています。

◆なぜこの映画は美しいのか?

 本作が映える映画になっているのは、ある種必然的とも言えます。

 今回、映画版の監督を務めているのが、イタリアのブレシア生まれの漫画家であり、イラストレーターという顔を持つ、ロレンツォ・マトッティ氏。ロレンツォ監督はバンド・デシネ界でもその幾何学的なフォルムと鮮やかな色彩の美術で活躍し、アメリカでも権威のある漫画の賞であるアイズナー賞を受賞していたり、ルイ・ヴィトンが発行するトラベルブックのイラストを担当したりと以前より美術分野で活躍していた人物でした。そんな方が監督を務めているということもあってか、『シチリアを征服したクマ王国の物語』はビジュアルが強いフックとなっているわけです。

▼ロレンツォ・マトッティ氏のInstagramアカウント

https://www.instagram.com/lorenzomattotti/

 そしてもう一つ忘れてはいけないのが、原作の児童書も印象的なイラストが用いられている点にあります。実は原作者のディーノ・ブッツァーティ氏も、小説家でありながら一方で画家という顔を持つ人物でした。ロレンツォ監督はインタビューなどでも、ディーノ氏の作品に触れていたことを明言しており、原作に強いリスペクトを持って臨んだことが語られています。その証拠に、この『シチリアを征服したクマ王国の物語』の原作イラストは、ディーノ氏が手がけているのですが、劇中内の絵画としてその美術がそのまま映画に使われています。映画でのルックはロレンツォ氏ならではの味付けが強いですが、こういった細かいポイントにロレンツォ監督のディーノ氏への畏敬の念が感じられます。

 『シチリアを征服したクマ王国の物語』の上映は、1月末には京都や大阪、2月からはさらに上映地域を拡大して上映館が増えていく予定です。映画館に映画を観に行くという感覚だけでなく、美術館に“絵画”を観に行くような感覚で足を運んでみるのもアリの作品ではないでしょうか。

〈文/ネジムラ89〉

《ネジムラ89》

アニメ映画ライター。FILMAGA、めるも、リアルサウンド映画部、映画ひとっとび、ムービーナーズなど現在複数のメディア媒体でアニメーション映画を中心とした話題を発信中。缶バッチ専門販売ネットショップ・カンバーバッチの運営やnoteでは『読むと“アニメ映画”知識が結構増えるラブレター』(https://note.com/nejimura89/m/mcae3f6e654bd)を配信中です。Twitter⇒@nejimakikoibumi

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